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2015年12月31日号 Vol.10

特集 Saint Laurentという理由 #02 モードの歴史を変えた革新的創作

2015年12月31日 23:17 by monthly_tecci


ここではイヴ・サンローランの代表作について紹介していきます。


【イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ(プレタポルテ)】

当時の「既製服」はオートクチュールに比べて創造性に乏しく、質も低いもので、オートクチュールを購入することができる人も限られていました。単なる大量生産の既製服に満足できない流行に敏感な若い女性が気軽に手に入れることができる、庶民の装いに革新をもたらしたモードこそ、オートクチュールと既製服の間に位置するプレタポルテ(高級既製服)だったのです。
1966年、サンローランがセーヌ川右岸にあるオートクチュールのブティックの反対側、左岸のサンジェルマンデプレ近くにオープンさせたのは、オートクチュールのデザイナーが手掛ける最初のプレタポルテのブティックでした。それは「左岸」を意味する「リヴ・ゴーシュ」と名付けられます。
当時若者が多く集いエネルギーに満ち溢れる、パリの中でも時代の先端をいく自由で活気を帯びた地域であった左岸に目を付けたのは、いかにサンローランが時代の空気を敏感に読みとっていたかがわかります。
サンローランはオートクチュールの廉価版ではないオリジナリティのある質の良いプレタポルテコレクションを展開。「リヴ・ゴーシュ」には連日お洒落なパリジェンヌ達が詰めかけ、気軽に服を見て試着しては気に入った服を購入するという、格式あるオートクチュールブティックでは考えられない、大変な賑わいとなりました。
「リヴ・ゴーシュ」は、その後左岸にプレタポルテのデザイナーのブティックが数多くオープンする先駆けとなり、オートクチュール主体だったモード界に風穴を開けプレタポルテを根付かせたのです。

 


リヴ・ゴーシュのブティック前で。サンローランのミューズであったルル・ドゥ・ラ・ファレーズ(右)、親友でモデルのベティ・カトルー(左)と。


【モンドリアン・ルック(1965年)】


オランダの抽象画家ピエト・モンドリアンの代表作「コンポジション」にインスパイアされデザインした作品。黒の直線で大胆に分割された白の布地に鮮やかな三原色(赤・黄・青)を配するという幾何学構成のシンプルなワンピースは、アート作品の構図をそのまま効果的に服に落とし込み立体化するという斬新な発想でした。
またその翌年1966年にも、アメリカポップアートの旗手であるアンディ・ウォーホルの活動にインスパイアされたコレクション「ポップ・アート」で刺激的なデザインを発表し、再び話題となりました。
それまでのクラシックでエレガントなイメージからかけ離れた、モダンでキュートな作品は、当時の女性の服に対する固定概念を打ち破り、服が伝統的な飾りものの要素だけではない、より自由で若々しい実用的な要素をも持ち合わせる、新しい時代への変化を感じ取ることができるものでした。
そして、今では当たり前となった現代アートをモードにリンクさせるという試みの先駆けとなり、後のデザイナーやクリエイターに多大な影響を与えました。



【スモーキング(タキシード)(1966年)】

1966年、サンローランは初めて女性の服にスモーキングを取り入れ、モード界にセンセーションを巻き起こしました。当時スモーキングの着用を許されていたのは男性のみ。男性の特権であったそれを女性が身に着けることがいかに衝撃的な驚きであったか想像できます。
そしてサンローランは単に女性にスモーキングを着用させただけではなく、シースルーやレースのブラウスやバリエーション豊かなスカート、そしていくつものアクセサリーなどでコーディネートすることで、女性ならではの新しいスモーキングの着こなしを展開。スモーキングを身にまとうことにより女性らしさが一層際立つという、まさに「男装の麗人」という言葉そのものを具現化するものでした。
 「自分の作った服の中からどれか1着を選べといわれたら、私は迷わずスモーキングを選ぶだろう」とサンローラン自身が語るほど、スモーキングは、イヴ・サンローランのブランドを象徴するアイコニックアイテムとなったのです。
2012年にメンズ,レディース全てのコレクションを統括するクリエイティブ・ディレクターに就任したエディ・スリマンも、時代を超えてイヴ・サンローランにオマージュを捧げるかの如く、スリマンならではの現代的で斬新なスモーキングシルエットを表現しました。



【パンタロン・スーツ(1967年)】


「女性をイブニング・ドレスから解放した」と言われたスモーキングスタイルを経て、サンローランはパンタロン(パンツ)スタイルを積極的に取り入れていきます。
それまでは女性がパンタロンを着用する機会がスポーツなどに限られ、いわゆる女性的な装いとは捉えられていなかったにも関わらず、サンローランはそのタブーを見事に打ち破りました。サンローランのパンタロン・スーツは、女性の身体のラインを際立だせるゆるやかに足元に向かって延びるシルエットの美しさが秀逸で機能的。女性が日常で着用するパンタロン・スタイルを確立させたことで、女性はパンタロン・スーツ姿で高級レストランにも入店できるようになったのです。
このように、メンズとレディースのモードの垣根を革新的に取り払ったサンローランを、ファッションで女性を解放をしたと言われるファッションデザイナーのココ・シャネルは「サンローランは私の精神的な後継者である」と述べました。

試作中なのでしょうか?サンローランのパンタロンを履くフランスの女優レスリー・キャロン


【バレエ・リュス(1976年)】


『イヴ・サンローラン』(2014年)と『サンローラン』(2015年)、どちらの映画でもクライマックスシーンを飾ったこの伝説のコレクションは、フランス語でロシア・バレエ団を意味し、バレエ衣装にインスピレーションを得た万華鏡のように豪華絢爛なデザインの数々は、イヴ・サンローランのキャリアの頂点であったと言われます。
このコレクションを発表する前のサンローランは、華やかな名声の裏で、絶えることのない仕事量とプレッシャーに追い込まれてアルコールとドラッグに現実逃避し、愛人のジャック・ドゥ・バシェール(カール・ラガーフェルドの恋人でもあった)との刹那的な快楽に依存していました。そしてその関係がこじれていた公私のパートナーであるベルジェとの葛藤や、ジャックとの間に突然訪れた別離により、心身共に退廃的な状態であったようです。
しかしそのような状況下でもサンローランはデッサンを描き続け、極限までに美しい、色彩鮮やかで煌びやかな重厚感のある究極のオートクチュールコレクションを見い出し、人々に鮮烈な印象と深い感動を与えました。



映画でも描かれていた、「バレエ・リュス」のショーの舞台裏にフラフラの状態で姿を見せ、僅かな隙間から表舞台を心配そうに覗き込み、最後のドレスに客席から最大の賛辞が贈られるなか、ベルジェやスタッフに促されて恥ずかしそうにまたフラフラと表舞台へ挨拶に向かうサンローランの姿。
ベルジェが「イヴが幸せだったのは年2回、コレクションの時だけだった」と述べているように、アルコールとドラッグに心身を蝕まれ精神衰弱してもなおデザインを描くのを止めなかったのは、ひたすらに女性の美を追求し続ける「創作」こそが真に彼を救う唯一のものだったからなのでしょう。



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