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2016年1月27日号 Vol.11

特集 Saint Laurentという理由<後編> #02 エディ・スリマンとサンローラン

2016年01月28日 21:21 by monthly_tecci

創業デザイナーであるイヴ・サンローランの手を離れたプレタポルテにおいて、現在まで最も重要な役割を果たしている人物こそ、現在サンローランのクリエイティブ・ディレクターを務めるエディ・スリマンです。

スリマンは1968年、チュニジア人の父とイタリア人の母の間にパリで生まれました。フランスの超難関エリート校であるグランゼコール・パリ政治学院を卒業後、ルーブル美術学院で美術史を専攻。服飾の正規の教育を受けずに16歳から独学で服を作り始めますが、その理由は「スキニーな自分の身体に合う服がないから」。

1992年から1994年までジョゼ・レヴィに在籍しファッションディレクターまで勤め、その後1997年まではジャン・ジャック・ピカールのアシスタントを務めて経験を積みます。

そして1997年、イヴ・サンローランがプレタポルテのメンズライン「イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ・オム」を発表。ピエール・ベルジェによりアーティスティック・ディレクターに抜擢されたのが、当時はまだ無名であったスリマンでした。スリマンは1998年に発表されたジーンズライン「サンローラン」でもデザイナーを務めます。
しかし、グッチによる買収劇の中で、2000年にイヴ・サンローランを去りました。

2001年、クリスチャン・ディオールに招かれたスリマンは、メンズライン「ディオール・オム」の立ち上げに携わり初代クリエイティブ・ディレクターに就任すると、ストリートやヒップホップなどルーズなサイズ感が全盛だった時代に、黒を基調としたロックテイストでタイトなシルエットのスーパースキニースタイルを打ち出したコレクションが社会現象を巻き起こし、「一夜にしてファッションの流れを変えた」と評されるほど、カリスマ的人気を誇りました。シャネルのデザイナーの巨匠カール・ラガーフェルドが、ディオール・オムのスキニーなスーツを着るために、13ヶ月で42キロのダイエットをしたのは有名な話。
2002年にはCFDA(アメリカ・ファッション・デザイナーズ協議会)のインターナショナル・デザイナー・アワードを受賞します。

 


スリムになったカール・ラガーフェルドとエディ・スリマン

このように革新的な手腕でディオール・オムを大成功に導いたスリマンでしたが、2007年秋冬コレクションを最後に、惜しまれつつもクリエイティブ・ディレクターを退任。モード界の表舞台から姿を消し、その後はフォトグラファーをメインに活動します。スリマンの撮影する写真は多くの広告や雑誌で取り上げられるなど、ファッションデザインに代わる表現手段として選んだフィールドでも高い評価を得たのです。

そして2012年、スリマンはモード界に華麗にカムバックします。
イヴ・サンローランに復帰を果たし、メンズとウィメンズを統括するクリエイティブ・ディレクターに就任。イヴ・サンローランのプレタポルテ・ラインの呼称を「Saint Laurent Paris(サンローラン パリ)」と変更し、自らの拠点はブランドのメゾンがあるパリではなくアメリカのロサンゼルスとすることを発表しました。

サンローランでの再デビューとなった2013年ウィメンズ春夏コレクションは、新生サンローランへの期待はもちろん、メンズデザインで一世を風靡したスリマンが手掛ける初めてのウィメンズコレクションということで、大きな注目を集めました。サファリジャケット,スモーキング,シースルーのドレス,ボヘミアンなフォークロアルック,ボウタイ付のブラウスなど、偉大なムッシュ イヴ・サンローランが生み出した伝説のスタイルをスリマン流にアレンジ。加えて、大きな黒いハットは、スリマンが拠点とするロサンゼルスの雰囲気を醸し出しており、伝統と斬新さとを絶妙にミックスし、イヴ・サンローランをリスペクトしていると話題になりました。

また、2013年メンズ春夏コレクションのキャンペーン・テーマは「The Saint Laurent Boy is A Girl」。広告に起用されたのはサンローランのメンズアイテムを身にまとったハンサムな女性モデルSaskia de Brauwで、これぞエディ・スリマンと言うべきジェンダーフリーな世界観。それは、初めて女性にスモーキングを着せたイヴ・サンローランの精神に通じるところがあります。

スリマンのサンローランは、彼のオリジナリティであるスキニーデニムのスタイル,ロックやグランジのムードはそのままに、新しさを取り入れつつ、彼が実際に感じているロサンゼルスのカルチャーや音楽をショーの演出にも活かしていて、トータルでのエンターテインメント性が感じられます。
その評価は数字にも表れ、ブランドの売り上げを3年間で2倍に伸ばすなど、ブランドの躍進に多大なる貢献をしていると言えるでしょう。


<Saint Laurentと音楽>

小室さんはサンローランのアイテムをよく着用されている理由として、ブランドのコンセプトが音楽やロックミュージシャン、いわゆるステージを基本としており、デザインにもそれが反映されていて、音楽に寄り添っている、音楽を感じさせるから、であることを挙げられています。ギターモチーフのシャツやパンキッシュなダメージ・パンツ、ラインストーンがスポットライトに美しく映えるジャケットなど、大変おしゃれに着こなしていらっしゃいますね。


SIGNATURE YVES COLLAR SHIRT IN BLACK AND RED ROCK PRINTED VISCOSE JACQUARD-Saint Laurent 
ギター・モチーフがおしゃれなシャツ。10月のavex life design Labなどで着用されていました。Instagramはこちら

エディ・スリマンは音楽、特にロックミュージックに造詣が深く、ロックやパンク・カルチャーとの結びつきが強いことが有名で、1990年代後半のイヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ・オム時代や、2000年代初頭のディオール・オム時代にも多数のミュージシャンのステージ衣装を手掛けてきました。

イヴ・サンローランが1971年にミック・ジャガーと妻ビアンカの結婚式の衣装をデザインするなど、ロックスターとの親交が深かったというエピソードがあるように、メゾンブランドとロックアイコンとの関わりをより一層深いものとするべく、クリエイティブ・ディレクター就任を機に、スリマン主導で2013年からスタートしたのがSAINT LAURENT MUSIC PROJECT
シーズン毎にサンローランのアイコニックなアイテムを着用したロックスターを広告に起用したり、コレクションのショーのためのオリジナルサウンドトラック制作を委託するというプロジェクトで(新生サンローランでのデビューとなった2013年春夏ウィメンズコレクションのサウンドトラックはダフト・パンクが制作)、フォトグラファーとしても知られているスリマン自らが、マリリン・マンソン,B.B.キング,コートニー・ラブ,キム・ゴードン,ベック,ダフト・パンクなど錚々たるミュージシャンたちのビジュアルを撮り下ろしています。


そして2016年メンズ秋冬コレクションのショーについて、1月に予定されていたパリでの開催をキャンセルし、スリマンの拠点であるロサンゼルスで2月10日に開催されることが発表されました。
「サンローラン・アット・ザ・パラディアム(SAINT LAURENT AT THE PALLADIUM)」と称した、ハリウッドで最古かつ最大のコンサート会場として知られるハリウッド・パラディアムを会場に、ロサンゼルスの偉大な音楽シーンに対するオマージュとなるとのこと。
2016年に入り、スリマンがクリエイティブ・ディレクターを退任しサンローランを離れるのではないかとの噂が一部の海外メディアにより伝えられました(サンローランのスポークスマンはこれを否定)。コレクションの内容はもとより、自らの拠点であるロサンゼルスで発表するこのコレクションがサンローランでの最後のショーになってしまうのか、世界中から注目が集まっています。

 


エディ・スリマンが特別にデザインを手掛けた、ローリング・ストーンズ「50 and Counting」ツアーのステージ衣装を着用したキース・リチャーズ。


キース・リチャーズは、ローリング・ストーンズ「14 ON FIRE Asia Tour」でもサンローランの青いシルクジャケットを着用するなど、エディ・スリマンと深い関わりをもつアーティストのひとり。ちなみに、小室さんは同ツアーの東京ドーム公演(2014年2月26日)に行かれたことをTwitterで報告されています。


ここでコラム的なお話をひとつ。
小室さんがフジテレビ「ウタフクヤマ」などでジャケットにつけていた丸い赤いピン。そこにはフランス語で
JE T'AI  VU,
TU MA'S PLU
(訳:私は、あなたに会いました あなたが、私を喜ばせました。)と書かれています。

これはフランスのパンクバンド、Stinky Toysのメンバー、EliとJACNOが2人で結成し1980年代に活躍したポップユニットEli et Jacnoの曲『OH LA LA』にある歌詞のようなのです。このバンド、元パンクバンドとは思えないかわいい音が特徴的です。

(『OH LA LA』はこのアルバムの15:10から)

Eliはとてもおしゃれで、彼女が安全ピンをファッションに使っているのを見たマルコム・マクラーレンが、セックスピストルズに安全ピンを服に付けるように勧めたという噂もあるほどです。JACNOはフレンチポップスのアイドルだったLIOにも楽曲提供をしたり、映画音楽も制作しており、ミュージシャンでありいわゆる音楽プロデューサーの先駆けといえます。ひょっとしたら、エディ・スリマンも当時聴いていたのでしょうか。この音が好きならば、きっと小室さんの音楽もお好きなはず!…実はもう聴いているかもしれませんね。



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